元木大介~ミスターに「曲者」と言わしめたプレースタイル
2019/05/07
元木 大介(もとき だいすけ 1971年12月30日~)
元木大介は甲子園時代はスパースターで、「元木フィーバー」を巻き起こしました。
元木の人気は物凄く、女性ファンが殺到。混乱を避ける為、高野連は上宮高校だけ、
隔離する特別措置を取る程元木の人気はずば抜けたものでした。
また高校球児らしくなく、内野フライを打ち上げたのに完全にアウトと思い1塁まで走らなかった所、
相手チームの内野手がまさかの落球。元木は1塁でホースアウト。普通に走っていればセカンドまでは悠々いけたフライ。
ベンチに戻った元木は監督から一喝されその模様は全国放送でお茶の間に流れました。
ダイエーの指名を受けましたが、巨人入りを熱望し、入団を拒否。1年間の浪人生活を送ったのはあまりにも有名です。
わがまま、元木る等揶揄されました。当時元木のようにわがままな事をすると元キルと言われていました。
余りのわがままぶりに巨人のフロントは翌年の1位指名は確約していたものの不安に思っていました。
結局巨人は元木との約束を果たし1位指名。元木は念願の巨人入りを果たします。
元木本人は長距離打者としてプロに挑むつもりでした。
しかし当時の監督ミスターは、ホームランは10本で良いと言われ一瞬頭の中が真っ白になったと言います。
実際元木は引退するまで、ホームランは、1年間で二桁打った事はなくミスターの言った通りの結果になりました。
元木のプレースタイルは、
「曲者」
とミスターに言わしめる程しぶとく、完全に中距離打者として活躍していましたが、
時にはホームランを放つ意外性も持っていました。また流し打ちが上手く、
中々外角のスライダーを引っかけてショートゴロを打たないしぶとさも持っていました。
そして元木の得意技は【隠し球】。セカンドランナーがベースを離れたらランナーにタッチしてアウト。
【隠し球】を行う時は投手はマウンドから離れていないと成立しません。ランナーもそれ以降元木がショートやサードを守っている時は警戒するようになりました。
清原が巨人に移籍してくると元木は清原の舎弟みたいな関係になり、試合以外でも話題を提供してくれる選手でした。
