大久保博元~デーブ大久保の横暴政権
2019/05/07
大久保 博元(おおくぼ ひろもと 1967年2月1日~)
芸名:デーブ大久保
大久保博元(デーブ大久保)氏が、西武の2軍コーチをしていた頃の話ですがかなりやりたい放題やっていました。2軍の公式戦スタートは早く3月20日位から。西武ライオンズが本拠地を構える西武ドームは所沢市。
冬は寒いです。そして2軍は西武第二球場がメイングランドです。ここで3月はまだ寒く2軍首脳陣は暖かい所にいますが選手達は試合に出場している選手は良いですが、出場していない選手は寒さを自分で凌がなければいけません。
そこで大久保博元氏は七輪を持って暖を取っていたのですが試合中にも関わらず、菊池雄星投手にするめを持って来いと命令したのです。菊池投手以外にも大久保氏から無茶な要望をされ体調を崩す選手がいました。
しかし、当時の1軍監督の渡辺氏と大久保氏は仲が良く、2軍首脳陣も注意出来ない状況にあり、誰が2軍の指揮官なのか分からない状況でした。普通に考えれば試合中にするめを食べるのは勝手ですが、選手に無謀なリクエストをするのは言語道断です。
選手は試合に集中出来なくなってしまいます。
大久保博元氏の暴挙はこれだけではありません。西武の2軍は罰金制度を当時は作っていました。これは大久保氏が作った物ではありません。ダブルプレーやバント失敗等で罰金とプロ野球ならではの厳しさです。
大久保氏はベンチで西武の選手がバントを失敗すると大きな声で【ヨッシャー】等と叫んでいたのです。自軍の選手がバントを失敗して喜ぶ。当時の大久保氏はどうにかしていたとしか言いようがありません。
現役時代巨人移籍した際は、もの凄く腰の低い選手で先輩選手からも可愛がられていました。また巨人でチャンスをもらいホームランを量産した時には、ヒーローインタビューで涙を流す事もありました。
それが現役を引退しコーチになって豹変しました。楽天の選手もビクビクしています。楽天の2軍監督時代は大人しかったです。親父と慕う星野仙一監督がいたからです。
2015年楽天はリーグ最下位に終わり、大久保博元氏は辞任しました。大久保氏の本当の姿はわかりません。
